2006-02-01から1ヶ月間の記事一覧

まばたきの永遠 第十一話

開けっ放しになった窓から顔を突き出すと、前髪や後ろ髪、Tシャツの肩に強い風があたった。潮の香りがする。車道に沿った防波堤を越えたところには横たわった海と砂浜が見渡せた。まるで太陽が砕け散ったように、光が乱反射して、一面が輝いて見える。目を…

まばたきの永遠 第十話

こう暑いと、人はあまり外へ出なくなるんじゃないかと思っていたが、実際はそうでもないらしい。駅前の広い交差点は、夏の熱光線にさらされながら信号待ちをする人達であふれていた。そのむさ苦しい集団の中、同じように信号待ちをしていた私と黒斗は、暑い…

まばたきの永遠 第九話 

「案外、紋太の彼女だったりしてね」からかうようにして言ったのは、黒斗だった。私の作ったタラコパスタを二人でつつきながらのことだ。いつもは彼が作ってくれるのだけれど、今日は珍しく帰りが遅かったので、冷蔵庫の中のありあわせで料理してみた。それ…

まばたきの永遠 第八話

朝起きて、洗面所で顔を洗って歯を磨き、はねた後ろ髪を水で濡らしてから居間へ入ってきたとたん、電話が鳴った。慌ててテーブルのうえの子機を取り上げて、「もしもし」と言うと、受話器の向こうから、きき覚えのある声が返ってきた。まるでお祭りのように…

まばたきの永遠 第七話

「そんなことよりもさ」甘い沈黙に耐え切れず、私は強引に話を変えた。「紋太が小説を書くのやめたって」「うん。知ってる」黒斗は空になったコップを持って、そっと立ち上がると、キッチンへ向かった。「なんでやめたか本人からきいた?」彼の背中を目で追…

まばたきの永遠 第六話

たっぷり入った湯船に体を沈めると、疲れが足元から溶け出していくようだった。そっと目をとじて頭を横たえる。さっき三人で見たあの夕焼けが、日光写真のようにまぶたの裏側にくっきりと焼き付いていた。あの時、私は自然の壮大さに感動する一方で、実は隣…

まばたきの永遠 第五話

思わず空へ向かって笑いだしたくなるような快晴。絶好の、墓参り日和だ。そんなものがあるのかどうかは知らないけれど、とにかくそれだけ天気がよかった。ゆるやかな螺旋状の坂道をバスでのぼって、見晴らしのいい山頂で降りた。そこは強い風が吹き抜け、そ…

まばたきの永遠 第四話

自分の部屋へ戻ると、いっぺんに暇な時間が訪れた。紋太は朝早くから本屋のバイトへ出て行ってしまったらしいし、伯父の墓参りは明日、彼のバイトがちょうど休みなので、みんなで行こうということになっていた。 とりあえずTシャツとジーンズに着替えて、財…

まばたきの永遠 第三話

目覚めのいい朝だった。枕の上でまぶたを持ち上げたとたん、見慣れない天井が視界に飛び込んできて一瞬驚いたけれど、すぐに思い出した。そういえば、昨日から紋太の家へ泊まっているのだ。起き上がって、ベッドから足を降ろす。床のひんやりとした冷たさが…

まばたきの永遠 第二話

バスを降りると、熱気がすごかった。地面から沸き立つような乾いた空気。呼吸をする度に肺がこげつきそうだ。こっちは暑いなぁ、と一人で呟きながら、私はボストンバックを肩にかけて歩きだした。 ついこの間まで涼しかったのに、今でこの気温だと、本格的な…

まばたきの永遠 第一話

プロローグ 青い景色を、煙る霧がしっとりと濡らしている。 静かだ。まるで、私だけ別の世界へ紛れ込んでしまったみたいな、もしくは、世界が眠るほんの一瞬の狭間に、不意に私だけが目覚めてしまったような、とても不思議な朝だった。それとも、生まれたば…

目の見えないネコの話

私は目が見えない。 生まれてからすぐに失明したらしい。父からはそうきいている。少なくとも、私には目が見えた頃の記憶は無く、物心がついた時には、すでに闇の中へ身を置いていた。眼球が本来の役割を果たさないことは、しかしそれほど不便なことでもなか…

CLASSIC EVE

凍るような寒さを、漆黒の夜空とそこに浮かぶいくつかの雲が包む。街灯がほとんどない薄暗い路地から表通りへと抜けると、視界が一気にひらけ、僕はそこで足を止めた。 右手に建つ赤レンガ調の巨大な時計台は午後の十一時を回っている。都会の中心部ならとも…

銀の雨

腕の中で息子の体温が抜け落ちていくのが分かった。廃墟の一角にもたれかかりながら、私は声をしゃくりあげながら、ひたすら泣いた。雨が好きだった息子。レインコートを着てははしゃいでいた小さな背中や笑顔が脳裏をかすめては、胸が引きちぎれそうだった…

ベリー☆ハニー

「高校卒業したら私、福祉の専門学校入るんだ」肩を並べながら歩く彼女が唐突に言った。「福祉?」「そう。福祉」こくんと頷く彼女を、まじまじと見つめる。「縁日をミドリノヒなんて言ってた君が?」「昔の話じゃん」一年前を昔というのなら、まあそういう…

DEPARTURES

薄汚れた廊下を、天井から流れるアナウンスにしたがって進む。途中、何度も小さな段差にキャリーのタイヤが引っ掛かってしまい、その度に僕はつんのめるように足を止めた。 同じ方向を目指す人の波に押されて、よろめきながら再び歩き始める。足取りが重いの…

WORDS BANK

液晶のブラウザと向き合いながら、キーボードを叩く。すっかり見慣れた画面が、鼠が木をかじるような忙しない音をたててたちあがる。縦一列に並んだ件名の一覧を目で追い、カーソルを動かす。そして一番下のそれを見つけて、僕は手を止めた。一時間ほど前に…