まばたきの永遠 第九話 

「案外、紋太の彼女だったりしてね」からかうようにして言ったのは、黒斗だった。私の作ったタラコパスタを二人でつつきながらのことだ。いつもは彼が作ってくれるのだけれど、今日は珍しく帰りが遅かったので、冷蔵庫の中のありあわせで料理してみた。それがなかなかの出来ばえで、黒斗も、おいしいを連発しながら喜んで食べてくれた。 紋太はと言えば、帰宅して自分の部屋へこもったきり一度もおりてきてはいない。晩ご飯だよ、と呼んでも返事がなかったということは、多分、バイトで疲れて眠ってしまっているのだろう。起こすのはかわいそうだよ、と黒斗が言うので、とりあえず先に二人で食べていることにしたのだった。「ううん。彼女か」ジンジャエールを飲みながら、私は唸った。「そういえば声が若かったな」「どうするの?」上目使いで私を見ながら、黒斗は言った。明らかにおもしろがっている時の顔だ。「どうするって、どうもしないわよ。そんなの紋太の勝手だもの」他に答えようがなくて、私は言った。だけど実際、そう思う。誰を好きになろうと、誰と付き合おうと、それは紋太の自由であり、私の口出しするところではない。 それに、たとえ紋太に恋人がいたとしても、おそらく私はそれほど驚かないだろうし、傷つきもしないだろう。強がりではない。本心からそう思うのだ。確かに、私は紋太に対して恋愛感情を抱いている。けれど、その気持ちがそのまま、彼の恋人になりたい、紋太を自分だけの人にしたい、という感情につながっているかと言ったら、答えはノーだ。私はただ、紋太との間に共有出来るものがあって、それをずっと持続していけたらそれだけで満足だった。なんでもいい。それこそ、今のいとことしてのつながりは私の求めるところなのかもしれない。血のつながりはないにしろ、長年築き上げてきた信頼関係は、それよりもはるかに濃い絆となって私たちをかたく結び付けている。
 絶対に揺るがない無敵の地盤。なにがあってもちぎれない、水のように優しい鎖。永遠に別れることのない、暗黙の約束。それだけで、自分は紋太の特別になっているんじゃないのかな、と私は思う。考えたら、恋人みたいな不安定な関係より、その方がずっと贅沢じゃないだろうか。「紋太は紋太。私は私だよ。黒斗」残りのジンジャエールを飲み干して席を立つと、向かいに座っている黒斗が、ほお杖をつきながらなんとも言えない笑顔で言った。「紬。きっと近いうちにいいことがあるよ」「でたな、超能力。なにがあるの」「秘密」なにそれ、と吹き出しながら私が食器を流しへ運んで、水道の蛇口をひねったところで、紋太が変な唸り声をあげながら幽霊のようにふわふわと居間へ入ってきた。「いつの間にか寝てた。疲れてたんだな」と彼はかすれた声でぼそぼそ言った。「いい匂いだ。今日の晩飯なに?」「タラコパスタだよ。ジンジャエールも冷やしてあるから。すぐ食べる?」「ああ。食べる。なに、紬が作ったの」椅子に腰掛けるなりテーブルに突っ伏して、紋太が言った。そうだよ、と答えながら冷蔵庫からジンジャエールの缶を取り出す。
「今日さ、女の人から電話あったって言ってただろ」私は紋太に缶を手渡しながら、頷いた。
「大学の友達なんだ」やけにしっかりと私の目を見ながら、彼は言った。 ふぅん、と言って私が笑う。心の中で、なにかがふわりと浮上するのを感じた。 なんだか胸の奥がとてもくすぐったかった。

                  続く