2005-07-01から1ヶ月間の記事一覧

フリーズ

「止まって。このエアガン、おもちゃでもあなたを傷つけるくらいは出来るわ」 私は私のもとを去ろうとする彼に銃口を向ける。他に方法がなくてとっさに出た行動だった。彼はいったん立ち止まり、数秒後には再び歩き出していた。 「止まってよ。止まってッた…

why?

ベッドへ倒れこみ、ごろりと仰向けになる。頭の中がつんと痺れていた。ぼんやりと天井を眺めながら、数時間前に合ったことを思い出してみる。 脳裏に、彼の面倒くさそうな横顔が浮かぶ。と、携帯がメールの着信を知らせた。ほとんど反射的に小窓を覗き込む。…

ある日の幸せ

次第に日も長くなり、16時を回っても辺りは十分に明るい。家路の途中、近所の公園に咲く一輪の花を見つけた。白い、まるで雪の花のようだ。風に頼りなく揺れるそれを眺めながら、私は自分の体内に宿った命を想った。さっき知ったばかりの、新しい命の存在…

観覧車

二人分の重さを乗せた箱がゆっくりと空に近くなる。急に彼がこれなくなったからと僕を誘った君は、僕の本当の気持ちを知らない。 「見て。街があんなに小さい」 窓に張り付いている君の背中を見ながら、僕は神様に祈る。どうか、一秒でも早く地上に降ろして…

手錠と愛情

眠る前にお互いを手錠で繋ぐのは彼女の希望だ。 「愛してるなんて言葉、私は信じられない」 彼女は手錠をロックしながら言う。 「そんな不透明なものより、目に見えたものでつながっていたい。もちろん拒否するのはお互いの自由よ。だからいつも枕もとに鍵を…

ある蛙の話

秋夜は冷える。外回りが仕事の僕にとってはつらい季節だ。僕は背中を震わせながら建物の裏口からボイラー室へ入った。 ふと、足元で干からびた蛙を見つけた。コンクリートの上。灰色に変色している。誰にも救われず、誰にも見届けられないまま死んだのだろう…

自分で自分がわからない。 私は、私と父を捨てたあの女を憎んでいた。もちろん、今だってそうだ。顔だって見たくないし声だって聞きたくないのに。それなのに、私は大嫌いな女の前にいて、そして女は優しく笑っている。向こうだって私の存在が迷惑なはずなの…

紫陽花

建物はうっそうと茂る草木に覆われている。さっき自動販売機で買ってきた珈琲をちびちび飲みながら、ため息を一つ吐き出した。 空を仰ぐと煙突から細く煙が昇る。 父だ。 小さかった私の手をいつもひっぱってくれた父。一人っ子だった私を随分甘やかしてくれ…

アナタヲウシナウ

ふと考えてみる。私と彼とではとても一緒にはなれない。私が今の旦那と別れれば話は別だが、私にそんな勇気は無い。不倫は本気になった方が負けだ。つくづくそう思う。目の前で彼は毛布に包まったまま寝息を立てている。いつか、彼のこの寝顔を見ているのは…

眠れない長い夜

そういえば私は昔から何をやっても人より劣っていた。人間、根っこの部分は一生変わらない。つまり間抜けな私は社会に出てもやっぱり間抜けで、いつも何かしらの失敗をする。自分に愛想を尽かしながら私はベッドへ仰向けになる。秋の夜は長い。憂鬱な晩は特…

オレンジ蛍

すっかり秋のものとなった突風に目を細めながら、僕はふと足を止めた。 コンクリートを隔てた向こう側に見える叔父の家。主を無くした二ヶ月前からいっさいの光を消した一軒家。昔のようにあの闇の中に、叔父が立つ事はもうなく、彼のくわえ煙草のオレンジ色…

ダリアと夢と

ふと瞼を持ち上げると、視界いっぱいに鮮やかな原色が飛び込んできた。 ダリア園だ。地面を覆うようにしてどこまでも続いている。その光景に私はただただ驚き声をあげた。 「ねえ。すごいね」 ほとんど反射的に言葉にしてから彼の不在に気がつく。必死に探し…

アナザーミーツ

ハンドルを回転させて右に折れる。徐行。停止。開いた窓から会員カードを出してレギュラー満タンをお願いする。 エンジンを切り、ため息を漏らす。連日の勤務で体はこれでもかというほど疲労していた。ふと首をねじ曲げ僕は動きを止めた。タンク台をはさんだ…

雪へ

君が好きだった季節が訪れようとしています。 少しずつ日も長くなり、僕も大学の帰り道、それほど困りません。暗がりを怖がる僕を君はいつも笑っていたけれど、それはきっと君だって同じだったのではないでしょうか。 雪へ。 咳はもう止まりましたか。左手の…

君がいない

掌を合わせて額を重ねて僕らはお互いの呼吸に耳を済ませる。少しでも動けば簡単に唇が触れる近さで。でも僕らはそれをしない。背中をちりちり焼かれるような感覚の中、僕らはそれを楽しんだ。だけどそれはもう一ヶ月前のこと。君は僕の元から消えた。窓ガラ…

ドクセンヨク

君を愛している。君を愛している。誰にも渡さない。例え君の意思が僕でない誰かに向けられていても。君の一重の瞼も薄い唇も、華奢な体も白い肌も全ては僕のものだ。声も熱もなにもかも。 僕は自分の手に握られた刃物から絨毯の上に横たわっている君へ視線を…

つないだ手の先

明日、ついに卒業だね。 私が言うと隣りを歩く彼はそうだな、と笑った。この一年間、この笑顔を何度も見てきたというのに胸が苦しい。私たちは明日から別々の学校へ通う。離れ離れになっても私たちは代わらず恋人のままでいられるだろうか。神様。私は彼の手…

膝ヲ抱エル夜ハ

不意に背中を何かが押した。それが彼の足の裏だと知り私はむっとする。 「なんだよ。ぼーとして。ベランダ寒くないか」 両膝を抱えて座り込んでいる私を見下ろしながら彼は言った。 「別に」 前へ向き直りにべもなく答える。 「世界はお前が思うほど甘くはな…

ブリーチ

つんと鼻をつく匂いが洗面所に広がった。 100円均一でも売っていないような備付のくしにチューブを傾けおなかを強く押した。頭の片隅で担任のいけ好かない偽善的な笑みが浮かぶ。半透明な液体の染み込んだくしを髪に絡ませた瞬間、親やクラスメイトの笑顔…

三年後の僕達は

「今、幸せか?」 僕が訊ねる。彼女は困った顔でうつむいた。 「こんなトイレの前でする会話じゃないね」 ウエディングドレスの飾りが頭の上でひらひら揺れた。 「似合うよ」 僕の言葉に、あなたもね、と彼女が言う。会場の方から呼ぶ声が聞こえて彼女が顔を…

Love

耳慣れた旋律を僕の指がゆっくりと奏でていく。部屋の隅の壁にもたれかかっていた彼女がそれにあわせて歌いだした。 LOVE。 僕らの好きな曲だ。永遠に続きそうなメロディーの繰り返し。歌い終えた彼女は「いい曲だよね」と言って立ち上がった。いい曲。…

ブランコ

足の先が地面から遠ざかり、かと思うと背中が地面から離れていく。決してそれ以下もそれ以上はなにもなく平行線を辿る。いったりきたりのブランコ。まるで私そのものだ。もう変わらないといけない。進まないといけない。自分に号令をかけ私は力いっぱいブラ…

雑踏の中の歌声

ギターを手に僕らは歌う。ガラクタのようなつぎはぎだらけの僕らの歌を。 誰も見向きもしない。いたとしてもあからさまに笑って通り過ぎる。ギターを手に僕らは歌う。僕らの歌を。喉の奥から吐き出すように声をあげる。誰かに向けたメッセージを。恥かしくな…

月は眠る

「満月の晩は犯罪数が増えるらしいよね」夜道。空を仰ぎながら彼女は言った。犯罪だけではない。妊娠の率も高くなるというし珊瑚の産卵も月の満ち欠けに関係している。「引力のせいだろうね」隣りを歩きながら僕は答えた。「それじゃあ、毎晩満月になったら…

ドアを叩く

私を好きならドアを二つ叩いて。違うなら一つでいい。発作的に彼の気持ちを知りたくなって、私は言った。ドア板一枚を隔てた向こう側で彼が動揺しているのが沈黙で分かった。 一体私はなにを口走ったのだろう。コツン。ドアが一つ鳴った。再び沈黙。突き刺さ…

青子

背中の時計が、軽快な電子音で二十一時を知らせた。右手に握られた携帯電話に目を落としつづけてから、何分経っただろう。暑くもないのに手のひらがじっとりと濡れている。 自分でも、何をしたいのかがよくわからない。何かを待っている様でもあるし、その何…

ネコニナリタイ

シャム猫のキッキ。彼女はそいつを死ぬほど愛している。だけど僕は、その次に愛されているわけでもなく、多分、そのまた次でもないだろう。恋人なんて名称は、ただの上っ面だけ。猫になりたい。君の大切な猫に。君の一番になりたい。そして君に抱かれ、その…

最後の夜は星の下

つい数日前は、台風の影響で稲光をはしらせていた空が今夜は静かだ。僕が天を仰ぐと隣りに立つ有志もあごを上げた。 「見えるか?」 「わかんない、あ。あれじゃないか?」 二人で空を指差しながら僕らは声をあげた。漆黒空を銀の光が滑っていく。ペルセウス…

ある海での物語

波打ち際で遊ぶ息子を眺めていた。砂浜に両足を投げ出すと波がくるたびに尻の辺りがむずがゆい。 「大きくなったでしょう」 背中から声をかけられて俺は振り返った。真由が笑顔を貼り付けて立っていた。 離婚する前よりも若返って見えるのは気のせいだろうか…

夏祭り 手をつないで

夜の闇をぼんやりと照らすちょうちんの列を目にした琴美は、わあ、と声をあげた。 「すごいね」「きれいだね」何度も言いながら瞳を輝かせる彼女を見ていると胸が痛んだ。彼女をまじかで見るのもきっとこれが最後だ。明日の朝には、彼女は遠くの街へいってし…