約束

・・・そうだ。俺は。「よお。ユウジ」背中からの声に振り返る。そこには二年前、肺がんで死んだはずのモリタの姿があった。ユウジは唖然として彼を凝視した。「そんな顔で見るなって」モリタは苦笑いして言った。「やっぱり。俺は死んだんだな」とユウジは肩を落として言った。「ああ。ここにいるということは。そういうことだな」「そうか。そういえばお前、なんで若返っているんだよ。死んだのは八十過ぎだろ」ユウジは我に返ったように言った。「この世界ってのは、どうやら自分のなりたい年齢になれるらしいぜ」そう言って笑うモリタの笑顔には胸をつんと痛める懐かしさがあった。「ま。ユウジ。そういうお前だって俺と同じ高校生だぜ」「は?まじで?」
驚いたユウジは自分の手の平に目をあてた。みずみずしい両腕。つい最近までの枯れた肌とは全く違う。「ユウジ。お前。あいつを覚えているか?ユキの事」モリタの言葉に、ユウジの心臓がぎゅっと縮んだ。けれどそれは唐突な質問だったからというよりは、ユキという名前への反応だった。
ユキ。笑顔が、とてもよく輝いていた。だけど、彼女は二十歳という若さで死んだ。当時、恋人だったユウジを残して。「お前、ユキが死ぬ前にしていた約束、覚えているか」「約束」覚えている、とユウジは視線を足元に落としていった。生まれ変わっても、一緒にいよう。死ぬ間際、ユキは最期まで笑顔を選んでそう言ったのだった。その時の彼女の姿を思い出して、ユウジはため息を漏らした。「顔を上げろよ。ユウジ」モリタの言葉に、彼はぎりぎりと重たくなった頭をもたげた。そして、息を飲んだ。信じられなかった。両目を何度かしばたいても、目の前に映っているものが理解できなかった。「ユキ」彼女だった。「ユキ、お前」紛れもなく彼女だった。「おっす」
とユキは笑顔で手を上げた。まるで昨日も会ったかのような、自然な笑顔だった。たまらなくなったユウジは、考えるよりも先にユキの体を抱きしめていた。両腕に、懐かしい、慣れたぬくもりが溢れる。「ごめんね」ユキは消え入りそうな声で言った。「生まれ変わるまで待てなかったよ」
そろそろと、ユキの手のひらがユウジの肩甲骨の辺りをそっと包んだ。まるで、二つの存在が交じり合うように、何もかもがひとつになっていくような不思議な感覚だった。「ここは天国。会いたかったよ。ユウジ」「離さない。絶対にもう。どこへも行くなよ」涙の絡まった声で、ユウジが言う。その耳元で、うん、と頷くユキのかすかな声が聞こえた。約束の果ては、永遠の入り口から始まる。
              END